Astor Piazzolla: The Rough Dancer and The Cyclical Night
Astor Piazzolla (bandneon)
Fernando Suarez Paz (vln)
Pablo Zinger (p)
Paquito D'Rivera (as, cl)
Andy Gonzalez (b)
Rodolfo Alchourron (g)
「20世紀を代表する音楽家は?」と聞かれると、真っ先に思い浮かぶのが作曲家・バンドネオン奏者のアストル・ピアソラだ。アルゼンチン・タンゴの異端者として本国ではなかなか評価されなかったピアソラだが、彼の楽曲はタンゴの枠にとどまらず、ポピュラー、クラシックなど幅広い分野のプレイヤーがカバーしていることからも、そのすばらしさをうかがい知ることができる。
そもそもタンゴにおいて音楽とは踊りのためのものであったのだが、ピアソラは従来のバンド編成(バンドネオン、ヴァイオリン、コントラバス、ピアノ)にエレキギターを加えた五重奏団で、踊りのための音楽という殻を破った前衛的な演奏を繰り広げた。そのため保守的な層からは徹底的に批判を受けるが、彼が作り上げた独創的なモダン・タンゴの世界は唯一無二ともいえる。皮肉なことにその独創性ゆえ、「ピアソラの先にアルゼンチン・タンゴの将来はない」と評されることもあるが、「アルゼンチン・タンゴ」という枠から見ればあながち誤った指摘ともいえないかもしれない。
本作は、『Tango: Zero Hour』、『La Camorra』と並ぶ、いわゆるアメリカン・クラーベ3部作の一つ。強烈な緊張感あふれる他の2作品と比較すると、比較的聞きやすい仕上がりといえよう。バンドネオンを中心に強靭なリズムが刻まれ、躍動するヴァイオリンのメロディ展開がとても印象的だ。早いパッセージの後にメランコリックなフレーズが続いたりするのも、「泣きの音楽」を好む日本人にはピッタリとも言える。
ピアソラのすばらしさは、その音楽の展開から色彩や人間の心理描写をイメージさせる点にあると思う。一つ一つの独立した楽曲からというよりは、アルバム全体の流れがストーリー展開となって自分の中に入ってくる感覚は他ではあまり経験したことがない。残念ながら生の演奏を聴く機会はなかったが、映像を手に入れてじっくりと演奏を見てみたいアーティストの一人だ。