私にとって最初のギターアイドルは間違いなくジェフ･ベックである。運命的な出会いとなったのが1975年発売のこのアルバム。当時は中学一年か二年だったはず。
　この頃は、アルバムに邦題タイトルをつけていることが多く、発売当初のアルバム名は『ギター殺人者の凱旋』。「なんじゃ、こりゃ？」という感じだが、この邦題をつけたレコード会社の人がのちに語ったことによると、どんなタイトルにしようかと悩んでいるときたまたま目にしたコンサート評で、彼の鬼気迫る演奏を「・・・まるでギター殺人者のようであった・・・」とあったのが頭に残り、このようにしたそうだ。レコード盤を手にして｢ギター殺人者ってなんだろう？？」と悩みつつも、人を殺すほど研ぎ澄まされた何かがあるように感じたものだった。

　全曲インストという構成のこのアルバムは、今であればストレートなロックというよりはフュージョン系の音楽に入るかもしれない。冒頭のファンキーなカッティングに始まり、さまざまなエフェクターを駆使したギターの音作りには度肝を抜かれた。
　特に2曲目で使われていたトーキングモジュレーターというエフェクターは印象的だった。これは、小さな密閉箱に入れたスピーカーからギターの音を出し、その箱から出ているホースを口にくわえ、唄うように口の形を変えると、ギターの音と声が混ざったかのような効果が得られる(口がフィルターの効果を果たす)ものだ。その音をマイクで拾うのである。
　お小遣いの少ない中学生にとって、何とかギターを手に入れることはできたとしても、エフェクターまで手が回るはずもなかった。それでも何とか音をまねてみたくて、お菓子の缶に小さなスピーカーを入れ、ふたに開けた穴から太目の水道ホースをだして何とか格好だけは形にした。期待にわくわくしながらホースを口にくわえ、アンプのスイッチをオン。その気になってフレーズを弾いてみたものの、かすかにギターの音が口の中で響くだけで、レコードの音とは大違い。結局、失意のまま改造されたお菓子の缶は押入れの奥に追いやられることになった。
　噂ではこのトーギングモジュレーターを多用すると大音量が口の中で響くため、脳細胞が破壊されてバカになるという話がまことしやかに流れていた。もし、あの時自作したものがうまくいっていたら、若いうちに貴重な脳細胞を失っていたのかもしれないと思うと、失敗もよかったのかもしれない。

　このアルバムが出てしばらくすると、フュージョンブーム(当時はクロスオーバーと呼んでいた)がやってくるのだが、ほとんどのフュージョンものがジャズプレイヤーがロック的なアプローチの演奏をしていたのに対し、ジェフはこのアルバムと次作の『Wired』で、数少ないロックからジャズへと歩み寄ったすばらしい演奏の数々を残した。
　『Wired』ではマハビシュヌ・オーケストラのキーボード奏者だったヤン・ハマーのシンセサイザーが前面に出ていて双頭バンド的な色合いが濃くなるが、本作はギターがフィーチャーされつつもそれにも増してユニット全体のまとまりがすばらしく、音楽としての完成度の面ではジェフの最高傑作といっても過言ではないだろう。”ジェフのアルバムをまず一枚”というのであれば、まちがいなくこのアルバムをお勧めする。

　今でも1曲目のイントロが流れると、どっとアドレナリンが噴出す感じで当時の興奮を思い出すのがおかしい。

posted on 2006/04/12 12:04