●Toninho Horta: Durango Kid
トニーニョ・オルタを最初に見たときの印象は、心優しき巨漢というものだった。ジョイスのサポートで、前に出すぎず、かといって、しっかりとした存在感のあるギタープレイからは、歌い手をやさしく包み込むような力が感じられた。
2度目に彼のライブを見たのは、ブラジル音楽演奏を聞かせるブラジルレストラン(確かサバス東京だったと思うが定かではない)での演奏。このときは、自身のグループを引き連れての演奏で、素晴らしいギター演奏と歌(ヴォイス)に魅了されてしまった。実は、こちらのライブでは、エレクトリックはヤマハのパシフィカ・シリーズのものを使用していたが、ガットギター(おそらくフラメンコモデルだったと思う)は、当時東京に工房を持っていた福岡氏のギターを使い始めたところだった。会場jに製作者が来ていて、ライブ途中で、トニーニョが「この素晴らしいギターを製作してくれた若き友人、福岡氏を紹介します」といっていたのを、今でもはっきりと覚えている。トニーニョは現在に至るまで、福岡ギターを愛用しているようである。
このアルバムは、彼が福岡ギターに出会う前の作品なので、使用しているのは、コンデ・エルマノスというギターのようである。コンデは、フラメンコ・ギタリストのパコ・デ・ルシアの愛器としても知られている、スペインの有名な工房の作品である。
トニーニョの素晴らしいところは、オリジナル、カバーを問わず、演奏する曲を完全に自分のものにしていることである。彼のアレンジによるギターと歌が始まると、周りの空気までもが柔らかいトニーニョの世界そのものであるかのように変わる。
余談を一つ。私の年代にしては珍しいかもしれないが、これまでほとんどビートルズを聴かずに育ってきた。中学生ぐらいになり、洋楽を聴くようになったときには、ビートルズは時代遅れのような気がして手を伸ばさずにいて、結局そのままにしてしまったからだ。だから、有名な曲もほとんど知らない。このアルバムには「アクロス・ザ・ユニバース」という曲のカバーが収められている。いわずとしれた、レノン/マッカートニーという黄金コンビによる作品だ。恥ずかしながら、割合最近までこの曲はトニーニョのオリジナルだと信じて疑わなかった。あるとき、他の人のカバー演奏を聴いて、「やはり、トニーニョの曲でもメロディがきれいだから、誰かが歌詞をつけてカバーをしたんだ」と思い込んでいた。しかし、いろいろなところで、いろいろなアーティストがカバーしているのを耳にすると、さすがになんか変だなと感じて、調べてみたところ、ビートルズがオリジナルだということを初めて知った。
一度、ちゃんとビートルズを聴かないといけないと思いつつも、まだ手を伸ばさずにいる。
トニーニョの生まれたミナス(正式にはミナス・ジェライス州)はブラジルの中でも独特の音楽文化を持つ地域。トニーニョ以外にも、ミルトン・ナシメントをはじめとする、ミナスを代表するアーティストは数多い。パット・メセニーはトニーニョから多大な影響を受けたといっている。トニーニョは、1981年にメジャー・レーベルから初めてリリースしたアルバムでは、パットとの共演を果たしている。一方、パットはECMでの最後の作品『First Circle』(このアルバムをいずれ取り上げる予定)や、Geffenレーベルに移籍した後、『Still Life (talking)』から始まる、ワールドミュージック色の濃い作品群からは、明らかにブラジル音楽、おそらくはトニーニョから受けた影響が聞き取れる。
プレイヤーズ・プレイヤーという称号がふさわしいトニーニョ。彼が音楽に向っている姿勢そのものは厳しいものだが、あふれ出てくる音には、人の気持ちを和らげる素敵なオーラに満ち溢れている。