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June 07, 2006

●Billie Holiday: Lady in Satin

BillieHoliday_Lady.jpg

Billie Holiday (vo)
Ray Ellis and his orchestra

 「うまいとか下手とかを超越して、人の心に入ってくる歌声」、晩年のビリー・ホリデイを聴くと、いつもそのことが頭に浮かんでくる。最晩年の本作では、ヘロインの常用により、文字通り身も心もボロボロになっていたビリーの声が痛々しいばかりだ。音程は不安定で、声の艶も消えてしまっている。それでも、冒頭の曲で「I'm a fool to want you.」と歌いだすのを聴くと、心を強く揺さぶられてしまう。

 古いブルーススタイルをベースにしていたビリーは、それまでの女性ボーカルとは違う、新しいスタイルを築き上げていった。敬愛していたルイ・アームストロングやレスター・ヤングなどのホーンプレイヤーの作り出していたハーモニー的な要素も歌に取り入れていったのである。彼女は、「管楽器のように歌いたい」とよく口にしていたという。

 ビリーの歌う歌詞は、非常に辛く、悲しい内容が多い。当時の黒人たちが直面していた、ひどい状況を、時には明るいメロディにまでのせて歌っている。「奇妙な果実」でうたわれている、木にぶら下がっている奇妙な果実とは、リンチを受けて木に吊り下げられて殺された黒人のこと。
 ビリー自身、自分が歌っていた悲惨な歌詞の世界そのままを生きていた。未婚の母の子として生まれた彼女は、差別を受けたり、乱暴をされたりと、幼少から辛い道を歩かされていた。しかし、10代後半で、歌手としての評価を得ると、人気の高い楽団との競演を重ね、一気に知名度を上げていくようになる。歌い手として一時は高い評価を得ながらも、私生活では母親の死や、暴力を振るう男性の存在から、ヘロインを常用するようになっていく。結局、麻薬の不法所持で刑務所に送られてしまうようになる。ヘロインの常習者というレッテルを貼られたビリーは、キャバレー・カードを剥奪され、ナイトクラブでの出演の機会も奪われてしまう。過度のヘロイン服用とアルコール摂取により、声はボロボロになっていき、歌手としての生命もほとんど絶たれたも同然のようになっていく。
 
 このアルバムを録音したとき、ビリーはまだ43歳だったが、70過ぎの女性の声といっても通るほど、しわがれ、艶も失われている。悲しい内容を切々と歌うその姿には、ある種の諦念のようなものすら感じさせられる。だからこそ、詞の内容がグイグイと心にねじ込まれるようにして入ってくるのだろう。
  この翌年、早すぎる死を迎えてしまうのだが、ベッドで眠るように息を引き取っていたのを発見されたときも、死してなおヘロインの不法所持で逮捕されるという悲しい結末を迎える。

 長いことビリーの歌伴をしていたピアノのマル・ウォルドロンは、このアルバムでも半数ほどの曲に参加している。ビリーの死をいたみ、その喪失感を表現したマルの『Left Alone』は、ひとり取り残された悲しさと寂しさをを訴えかけてくる。そのマルも2002年にこの世を去り、むせび泣くようなアルト・サックスを吹いていたジャッキー・マクリーンも、最近、鬼籍に入ってしまった。

 ビリーの歌を聴くたびに、歌のもつ力とはなんなのかを、考えずにはいられない。人の心を揺さぶるのは、決して「うまさ」ではないのだろうと思う。

コメント

こんばんわ。
ビリーホリデーがなくなったのは、そんなに若かったのですか。確かに、声の感じからもっと歳だったように思い込んでいました。
彼女の声が、ふっと一声聞こえてくると、悲しみというのは、泣き叫ぶことではない、と感じます。
ざわざわと、心揺さぶられるそんな体験は、彼女の歌と、私の場合、なぜかモーツアルトなのです。

>純之助さん
いらっしゃいませ。
彼女が亡くなったのは、ちょうど今の私ぐらいの年齢なんですね。ちゃんと自伝を読んだわけではありませんが、本当に波乱万丈の人生だったようです。

彼女の歌声には、それまでに背負ってきた人生そのものが詰まっているといつも感じてしまいます。このアルバムも、きちんと向き合うと、なかなか平常心で聴くのが難しいのですが、やはり聴かずにはいられない一枚です。

ビリー・ホリディとモーツァルトというのも、不思議な組み合わせですね。

わたしにとっても、このアルバムは特別な思いがあります。聴いていると、自分自身の記憶の奥底を揺さぶられるような感覚になります。だから、このアルバムを手にとるときには、「聴くぞ」と覚悟を決めないと。BGMにはできない1枚です。

>minaさん
いらっしゃいませ。

聴くたびに、自分の中の何かを丸裸にされるような感じを受けますね。
たしかに、BGMにはなりません。

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