●上条 恒彦: 冬の森にて
上条 恒彦 (vo. g)
小室 等 (g)
高嶋 宏 (g, mandolin, balalaika)
芹田 直彦 (p, key)
川野 優次 (b)
長倉 徹 (ds, per)
ジョーさんの歌を最初に聴いたのは、小室等率いる六文銭をバックに歌った「出発の歌」だったと思う。ヤマハが主催していた世界歌謡祭で1971年にグランプリを受賞した曲である。その翌年、市川崑監督のテレビドラマ『木枯らし紋次郎』の主題歌「だれかが風の中で」でも、小室さんのギターをバックに素晴らしい歌を聞かせてくれていた。
当時、小学生だったこともあり、ずいぶん遅い時間に始まるドラマだったような気がするが定かではない。「・・・上州新田郡三日月村の貧しい農家に生まれたという。十歳の時、国を捨て、その後一家は離散したと伝えられる。・・・」というナレーションで始まり、主演の中村敦夫が「あっしには関わりあいのないことでござんす」という決め台詞とともに、口にくわえた長楊枝をプッと吹きだすしぐさが流行ったものだった。きれいな刀さばきの殺陣ではなく、ばたばたとした立会いがそれまでの時代劇とは違っていて、妙にリアルな印象を受けるドラマだった。
話をジョーさんの歌に戻そう。こどもの頃、わが家にジョーさんのベスト盤が1枚あり、何度も何度も繰り返し聴いたものだった。民謡、黒人霊歌からシャンソン、ポップスなど、様々なスタイルの曲を取り上げていたが、ことさら印象に残ったのは、歌詞を大切に歌うという姿勢だった。伸びのある太い声とともに、その歌詞がしっかりと聴くものの中に入ってきて、情景が思い浮かぶのである。
「ショウは終わった」という曲のせいかもしれないが、“ステージで歌う、歌うたい”というのが、ジョーさんのイメージである。しかし、歌手をメインとしていたのははじめの頃のみで、その後はミュージカル、そして舞台やドラマで俳優として活躍するにつれ、歌の活動はだんだんと少なくなっていった。
このアルバムは、1996年に初めて自主制作というスタイルで作られたもの。実に17年ぶりのアルバムである。初期の頃から新曲まで、馴染みのあるものないものを織り交ぜた構成となっている。昔の曲も、アコースティック編成でシンプルな編曲となっていて、とても新鮮だった。28ページにも渡るライナーノーツには、ジョーさん自身による解説が載っている。それぞれの曲にまつわる話、その曲を歌っていた頃の様子など、昔を知るものにとっては裏話的な内容がこれまた楽しい。
7-8年位前だったと思うが、ようやくジョーさんが歌う姿を見ることができた。小室等さんが中心となったコンサートで、上条恒彦、森山良子や、武満徹つながりで渡辺香津美、鈴木大介などが一堂に会した豪華なものだった。初めて聴いた頃から30年近くたっていたが、そのうたごえの魅力は何ら衰えるところがなかった。憧れの人にようやく会えたというような感激があったのをよく覚えている。
歌詞の持つ世界を大切に伝えようとすることを、歌い手は忘れてはいけないと思う。単に声の素晴らしさだけでなく、言葉によってより多くのものを、よりいっそう強く人々に訴えかけることができるのだから。