●Pascal Bournet: Solace - Celtic Spirit
Pascal Bournet (g)
Robert Le Gall (vln, mandola, b, per)
Benoit Sauve (recorders)
Hector "Tachi" Gomez (per)
ケルト音楽というと、アイルランドを中心としたものだとずっと思っていたが、最近になって、そもそもケルト民族がどのようにしてアイルランドにたどり着いたかを考えれば、ヨーロッパ各地にケルト文化があってもおかしくないことに気付いた。ケルト民族はヨーロッパ中西部を支配していたが、紀元前3世紀頃から南からローマ帝国が勢力を伸ばし、次々とケルト圏を征服していく。さらには、当方からゲルマン民族が押し寄せ、ケルト民族は西へ西へと追いやられていってしまったのである。こうしてみれば、ヨーロッパ西部を中心にケルト文化が残っていることは何ら不思議なことではない。
フランスに目を移すと、パリからTGVで2時間ほど西に行ったブルターニュ地方はケルト文化圏である。ブルターニュのロリアン市では毎年国際ケルト民族フェスティバルが開催され、音楽を初めとするケルト文化を継承するアーティストたちが数多く集うことでも知られている。
さて、今回取り上げるパスカル・ブルネはパリ生まれのフランス人。7歳でピアノを始め、しばらくしてクラシックギターの勉強を重ねていく一方で、ステファン・グラッペリ、アストル・ピアソラ等をはじめとする様々なジャンルの音楽に関心を示すようになる。その中で、18世紀の盲目のハーピスト、ターロック・オカロランの音楽研究に力を注いでいった。『Celebrating O'Carolan』というオカロランの曲集も2001年にリリースしている。
オカロランの書いた曲は、現在ではギター曲として演奏されることも多く、Si Bheag Si Mhor等はかなりポピュラーな曲といってもよいだろう。
本作は、ケルト音楽の研究成果を消化して書き上げたオリジナル曲のみで構成されている。参加メンバーはいずれもケルト音楽への造詣が深いだけでなく、世界各地の音楽を吸収していることもあり、特にパーカッションなどはアジア、アフリカ、中近東、南米などの楽器を用いているのが興味深い。
ケルト音楽にスティール弦のギターが入っていることは珍しいことではないが、パスカルは全曲ナイロン弦ギターを演奏しているのが面白い。ナイロン弦の音によって、伝統的なアイリッシュの風合いが若干薄まり、ワールド音楽的な要素が前面に出てきている印象を受けるのだ。もちろん、パスカル自身がジャズやロック、ブルースの影響を受けていることも忘れてはいけないだろう。
正確なピッキングと、きれいに粒立ちのそろった音。ダンス曲のスタイルであるジグでは、リコーダーとユニゾンで小気味良いフレーズを披露したかと思うと、クラシックの楽曲のように重厚なスタイルの曲もある。全編に共通しているのは、非常にメロディアスな曲だということだろうか。聴く者の中にスッと入ってくるのである。それでいて、曲のバリエーションも豊富なのが素晴らしい。
パスカルのことを知ったのは、以前ブルターニュに旅行をしたときのことだった。地元のCDショップでいいギター音楽がないかと探していたときに巡り合ったのである。聞いたことがなかった人なので、おそらく日本ではほとんど知られていないだろうと思ったが、知り合いのギタリストに紹介したところ、彼のオカロランの曲集は日本のCD屋で手に入れることができるという情報をもらい、ビックリした。
パスカルが演奏しているのは、なかなか爆発的な人気の出るジャンルではないので、生の演奏に触れる機会を得るのは難しいだろう。最近は日本でもケルト音楽のイベントが開催されるようになって来た。このようなイベントでもいいから、何とか来日をして欲しいアーティストの一人である。