●Barney Wilen: Sanctuary
フランス、ニース生まれのバルネ・ウィランが一般に広く知られたのは、1950年代に公開されたフレンチ・ヌーベルバーグの一翼を担っていたルイ・マル監督の『死刑台のエレベータ』のサントラ盤に参加してからだろう。音楽を担当したのはマイルス・デイヴィスで映画のフラッシュバックを映しながら即興で音楽をつけていったという逸話もあるようだ。ここで、派手さはないものの、なぜだか心に引っかかるようなバルネのサックスに惹かれた人も多かったという。
50年代のパリにはマイルス以外にも、バド・パウエル、ベニー・ゴルソンなどアメリカのジャズメンが集い、クラブ・サン・ジェルマンなどで演奏をしていたこともあり、バルネはマイルスとのつながりを持ち、映画のサントラ盤に参加したわけである。その後もロジェ・ヴァディム監督『危険な関係』(1988年にはハリウッドでリメイクされている)のサントラ盤を自ら手がけた。
ジャズシーンで注目されたにもかかわらず、60年代に入るとロック色の強い演奏へと移行し、その後は音楽シーンからだんだんと離れてしまったのだが、80年代後半から再びジャズ演奏の場へと戻ってくる。本作は、1991年録音の作品。当時のレギュラー・クァルテットとは異なり、ギターのフィリップ・キャサリーン(カテリーン)とベースのバレ・ダニエルソンによる変則的なトリオ編成。
サックスを中心にしたトリオ演奏だと、ソニー・ロリンズのピアノレス・トリオ(サックス、ベース、ドラムス)の編成が真っ先に思い浮かぶ。音楽の3要素が、メロディ、和音(コード)、リズムであることを考えれば、単音楽器のサックスは、バッキングに回ってコード感を出すのはかなり難しいといえよう。それでも、上手いオブリガードで雰囲気を出すものもあるが・・・。サックス、ベース、ドラムであれば、ドラムはリズムを刻み、通常はリズム隊とも言われるベースは、分散和音の形でコード感を作り、サックスが旋律を奏でることで、3つの要素を積み上げることは可能だ。
これに対し、今回のバルネの編成では、リズムの核となる楽器がない。ギターは時としてバッキングによってリズムを刻み、オブリガードを入れたりと、八面六臂の活躍が求められている。フィリップは、そんな状況でも実にリラックスしながら、時にリズム、時にはメロディ、時にはコードをとすべての要素を紡いでいる。
サックス、ピアノ、ベース、ドラムというクァルテット編成を基準と考えると、必要な要素が常に音空間に満たされているという点で、オーケストラ的と表現できるとしよう。これに対して、今回のような変則トリオでは、常に必要なものを満たすことは不可能である。つまり、最初からすべてを満たすことなどは狙わず、本当に必要なものを必要なだけ埋めていくという感覚で、先ほどのオーケストラ的という表現との対比で考えれば、弦楽四重奏的と言ってもよいように思う。
マイルスの音楽監督のもとでの演奏の頃の印象と同じように、本作でもバルネのサックスは決して派手ではない。聴く者に極端な集中を強いるわけではないのに、さらっと聞き流させないような音楽。それがバルネの変わらぬ魅力なのかもしれない。残念なことに、このアルバムに限らずバルネの作品はなかなか入手しにくいようである。再発売されると嬉しいのだが・・・。