●NEWS●

アメリカを代表するギター製作家Ervin Somogyi氏が、8年間以上の年月をかけてギター製作についてまとめた本を2009年7月に刊行することになりました。『The Responsive Guitar』『Making the Responsive Guitar』の2冊で、Somogyi氏のHPより購入が可能です。従来のハウツー本とは異なり、具体的な作業についての言及のみならず、ギターを製作する上で理解しておくべき原理原則などを平易な表現でまとめた本書は、他に類を見ないものとなっています。著者のコメントにも「次世代の製作家たちにとってバイブルのようなものとなるだろう」とあるように、ギター製作に関わる人にはぜひとも読んでもらいたい本です。なお本書は全編英語のみですのでご注意ください。
またSomogyi氏自身のナレーションによるプロモーションビデオがYouTubeに公開されていますのであわせてご覧ください。

Ken Oya Acoustic Guitarsの音は以下のCDでお聴きいただくことができます。

伊藤賢一さん
最新作『かざぐるま』ではModel-Jを、3rdアルバム『海流』ではModel-FとModel-Jにて演奏されております。

竹内いちろさん
1stアルバム『竹内いちろ』で全曲Model-F(12Fjoint仕様)を使っていただいております。

押尾コータローさん
2008/1/1リリースの『Nature Spirit』に収録されている「Christmas Rose」でModel-Jを弾いていただいています。

May 23, 2006

●Fleetwood Mac: English Rose

FleetwoodMac_english.jpg

Peter Green (g, key, ds)
Mick Fleetwood (ds)
John McVie (b)
Jeremy Spencer (g, vo)
Danny Kirwan (g, vo)

 中学生の頃、土曜の晩は兄とトランプゲームをして過ごすことが多かった。看守と囚人が一晩中やっていたというジン・ラミーというゲームだったのだが、ラジオの「アメリカン・トップ40」という番組を聴きながらというのが常だった。
この番組は、その名の通りアメリカのヒットチャートの曲をどんどんかけるわけで、当時はフリートウッド・マックの『噂』というアルバムからのシングルカット曲などがチャートをにぎわせていた。スティービー・ニックスの甘く、とろけるようなボーカルがなかなか魅力的だったが、甘口のロック・ポップスという印象は否めなかった。

 そんな印象が強かったので、ほとんどフリートウッド・マックを聴くことはなかったのだが、あるとき、サンタナの「ブラック・マジック・ウーマン」のオリジナルは、フリートウッド・マックで、当時在籍していたギタリストのピーター・グリーンが書いた曲だと聞いた。どうしても、スティービーの歌声とこの曲のイメージが結びつかなかったので、いずれちゃんと聞かなきゃと思いながら時間だけがどんどん過ぎていった。

 結局、このアルバムを手にしたのは数年前なので、20ン年越しの出会いとなるのであるが、お目当ての曲のみならず、ブリティッシュのブルース・ロック・スタイルを代表するといってもいいような名演がいっぱいだ。今風の音作りからすると、密度も低く、音圧も高くないのだが、「音楽はこうでなくちゃ」とわくわくさせてくれるものがあるのだ。頭で考えて、どんどん作品として仕上げていくのではなく、演奏の場(レコーディングの場)に漂っていたであろうオーラがそのまま、聴くものにも伝わってくる。

 そもそも、このバンドのルーツをたどれば、、ベーシストのジョン・マクヴィーはオリジナルメンバーだったジョン・メイオールのブルース・ブレイカーズと密接な関係がある。この伝説的なブリティッシュ・ブルース・ロックバンドのギターがエリック・クラプトンからピーター・グリーンへと、そして、ドラマーとしてミック・フリートウッドが加わり、この3人がジョン・メイオールと決別をしてフリートウッド・マックを結成する(ブルース・ブレイカーズのメンバー変遷は複雑で、どの時期に誰が誰と一緒だったのかなどの詳細については私は把握していない)のである。したがって、クリームやヤードバーズ、さらにはジミ・ヘンドリックスなどから音楽的な影響を受けたバンドであっても何ら不思議は無い。
 ドラッグを多用していたピーターは、このアルバムを発表してまもなく、バンドを離れソロ活動をおこなうようになるが、目立った活躍をあげることなく、精神のバランスを崩していくようになってしまい、だんだんと表舞台での音楽活動をおこなえなくなっていく。ほとんど音楽界で、彼の音沙汰を聞くことがなかったが、どうやら最近、再び音楽活動を再開したといううわさも届いている。

 一瞬の輝きをはなったブルース・ロックバンドとしてのフリートウッド・マックの頂点は、本作をおいてほかにはない。強烈なインパクトのジャケット写真にひるむことなく、このアルバムを手にして欲しい。

May 21, 2006

●Pat Metheny: Pat Metheny Group

PatMetheny_PMG.jpg

Pat Metheny (g)
Lyle Mays (p, key, autoharp)
Mark Egan (b)
Dan Gottlieb (ds)

 パット・メセニーを最初に聞いたときのことは、あまり覚えていない。おそらく、このアルバムが発売された頃、日本でもだんだんと注目されていたはずだが、ギター関係の雑誌ではよく取り上げられていた。その中で、一番印象的だったのが、機材に関する話である。当時は、レコーディングの現場などでのみ使われていた、レキシコンのプライムタイムというディレイをステレオで使って、不思議な音の広がりを作るという話である。今でこそ、ギター用のコンパクトタイプではないものをラックに入れてライブに使うことは珍しくは無いが、その頃は、こんなことを考えて、実際にやってしまうとは、「なんてクレイジーなんだ」と思ったものである。

 パットが音楽を志すきっかけとなったのが、13歳のときに見たヴィブラホン奏者ゲイリー・バートンのグループを地元で見たときのことだったという。当時、このグループには若き日のラリー・コリエルが参加しており、おりしもジャズとロックを融合したスタイルのギターを弾きまくっていたのである。その後、フロリダをベースに音楽活動をおこなう中、ジャコ・パストリアスなどともつながりを持つようになっていく。

 ECMからの3作目に当たる本作で、初めて「パット・メセニー・グループ(PMG)」という名称を使うようになる。現在では、ライル・メイズとの共演に限り、PMGとクレジットするということである。ECMを離れた辺りから、グループの編成も変わっていき、ワールド・ミュージック的な要素も取り入れた、グループトータルのサウンドメイキングがより鮮明になっていくのに対し、この時代の作品は、シンプルな編成ながら必要な音が必要なだけあるという印象を受ける。
 ライルはピアノ主体の演奏で、時折、キース・ジャレット風のフレーズが飛び出したりするのも、なんともおかしい。ECMならではのことなのかもしれない。マーク・イーガンはジャコに並ぶフレットレス・ベースの使い手として知られているが、ジャコを意識しつつも、フレージングやハーモニックスの使い方など、独特のスタイルを感じさせる。パットは、空間系のエフェクトを多用しているものの、決して線は細くなく、パワフルな演奏を聞かせてくれる。
 ちなみに、国内盤では1曲目の邦題『思い出のサン・ロレンツォ』がそのままアルバムタイトルになっている。

 最近のパットの演奏は今ひとつ、と思っている人で、よりジャズ色の強いものを好む人にとって、この時代の演奏はしっくり来るはずだ。すべての要素を計算しつくしたような現在のスタイルも素晴らしいが、このアルバムのように少数の実力派メンバーで、思い切り自由に演奏するのも聴いてみたいと思う。

May 19, 2006

●Hermeto Pascoal: Slaves Mass

HermetoPascoal_slaves.jpg

Hermeto Pascoal (p, key, g, ss, fl, vo)
Ron Carter (b)
Alphonso Jonson (b)
Airto Moreira (ds, per, vo)
Chester Thompson (ds)
Raul de Souza (tb, vo)
David Amaro (g)
Hugo Fattoruso (vo)
Laudir de Olivera (vo)

 いつの頃か、ブラジル音楽がとてもしっくりと合うようになって来た。ポルトガル語の柔らかい音感と、比較的抑揚を抑えて淡々と弾くナイロン弦ギターによる音楽は、とても心地よいものだ。同じブラジルでも、非常にスピード感にあふれ、ピンと張り詰めた緊張感を前面に出した音楽もある。以前、紹介したエグベルト・ジスモンティはその筆頭とも言ってよいが、もう一人、忘れてならないのが、このエルメート・パスコアールだ。

 今考えてみると、高校生の頃、東京田園調布の田園コロシアムでおこなわれていた「ライブ・アンダー・ザ・スカイ」というライブイベントは、その後の私の音楽との関わりを大きく左右するものだった。自分の聴いてきた音楽を振り返りながら文章を書いてみると、そのことを強く実感する。

 エルメートは1979年のライブ・アンダー・ザ・スカイに出演していた。ブラジリアン・ナイトと銘うち、ブラジルの歌姫エリス・レジーナとの共演である。当時の私は、チック・コリアやアル・ディ・メオラしか眼中に無く、「ブラジリアン・ナイト?! みんなでサンバ演奏かぁ。」と高をくくっていた。もちろんお金に余裕の無い高校生のこと、さして関心の無いコンサートに足を運ぶことなど無かった。今思うと、本作を発表して間もない時期だったので、脂の乗り切った時期の演奏だったに違いない。
 ライブのパンフレットでみたエルメートの写真は、怪しげな初老の巨体で、「奇才」という形容詞がピッタリの風貌だった。色素欠乏症のため、このとき40歳そこそこにもかかわらず年老いたように見えたのだったということを知ったのは、ずいぶん後になってからだった。

 マルチ・インストゥルメンタル・プレイヤーとして名高いエルメートは、本作でも鍵盤楽器、管楽器そしてギターとマルチぶりを存分に発揮している。あるときはアンサンブル全体がものすごいスピードで疾走し、混沌とした淵へと飛び込みそうになったり、また、ある時はフルートのみの演奏に声やパーカッションによる不思議な効果音がからんできたり、彼の楽曲の展開は、聴くものに息をもつかせぬほどのものだ。かといって、難解なフリーフォームへと突入するのではなく、メロディアスなフレーズも随所にちりばめられている。

最近になって、数年前に何度か来日をしていたことを知った。そのときの演奏も素晴らしいものだったそうだ。今年、70歳を迎えるエルメート。次に日本での演奏があるならば、見逃せないものになることは間違いない。

May 18, 2006

●鈴木 大介: どですかでん

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鈴木 大介 (g)
渡辺 香津美 (g)
岩佐 和弘 (a-fl)

 大学時代に武満徹に傾倒してたY君が、「真っ先にこれを聴かなきゃ」といって薦めてくれたのは、『ノヴェンバー・ステップス』だった。ニューヨーク・フィルの指揮者だったレーナード・バーンスタインからの依頼されて作曲した交響曲で琵琶と尺八をオーケストラと組み合わせるという、独創的な曲であった。しかし、その曲を聴きながら、どうしても私には東洋的な部分が西洋のオーケストラに馴染んではおらず、強い緊張感が伝わってくるものに感じられ、正直なところあまり入り込んで聴くことができなかった。後になって、武満自身が書いた文章で、東洋の日本人である自分が西洋の音楽をやることに対するディレンマのようなものも吐露しているのを読んだとき、「あのときの感想はあながち見当違いでもなかったのでは・・・。」と思った。

 どうしても難解な現代音楽の代表的な作曲家というイメージが強かった武満だが、実際は、ポピュラー音楽、ジャズを始め、歌謡曲や演歌など大衆音楽にも精通しており、仲間内での集まりなどでは、ビートルズの曲を口ずさむこともあったという。確かに、いろいろと調べてみると、映画音楽もあれば、谷川俊太郎などの詩を載せた曲を石川セリや小室等が歌っているものなどがあり、実に美しいメロディがスッと耳に入ってくる心地よさがある。

 「ギターという楽器には限りない可能性があり、同時に限界もある。だからこそ僕はこの楽器に惹かれるんだ。」といっていた武満。ギターのための曲も数々と残している。本作は武満が「今までに聴いたことがないようなギタリスト」と称した鈴木大介が、あるときはソロ、あるときは異種格闘技ともいうべく渡辺香津美を迎えてのデュオ、またあるときはアルトフルートとの共演という、バラエティに富んだ構成となっている。きれいで印象的なメロディラインに対し、実に複雑に内声を動かしたり、複雑なハーモニーをのせたりと、武満徹の素晴らしさはポピュラーな楽曲でもあふれ出ている。同時に、演奏者の武満へのリスペクトが痛いほど伝わってもくる。


TakemitsuSuzuki_guitar.jpg

 このアルバムの中で、重要な位置を占める作品が「ギターのための12の歌」である。初演は1977年で荘村清志によるものであった。誰もが耳にした事のあるメロディを、微妙な不協和音を交えたり、フレーズとフレーズの間に「間」をもたせたり、さまざまなギターの音色を使い分けたりと、編曲者としての武満徹のすごさをじっくりと聴くことができる。鈴木大介は『武満徹:ギター作品集成1961-1995』(右ジャケットの作品)でこの作品を初めて録音するが、収録時間の関係で、本来指示されているリピート部分などを省略せざるをえなかったという。そんなこともあり、より完全に近い形でこの作品を録音したいという気持ちから、本作に再び収録されるようになったといういきさつがある。

 若いギタリストの台頭に大いに期待しつつも、武満は生前に鈴木の生演奏を聴くことはかなわなかった。しかし、病床に伏しながらも彼の演奏テープを繰り返し聴いていたという。この作品のギターを聴くと、離れた存在に感じていた武満徹の音楽が、グイグイと身近に引き寄せられる。

May 17, 2006

●Singers Unlimited, The: A Capella

SingersUnlimited_acapella.jpg

Gene Puerling (vo)
Don Shelton (vo)
Len Dresslar (vo)
Bonnie Herman (vo)

 サラリーマン時代、お世話になった先輩が定年退職を迎えたときのことである。60歳の誕生日が退職日となるのであるが、当時の直属の上司から、退職記念パーティの企画を取り仕切るように言われた私は、これまでのパーティとは違った内容を盛り込もうといろいろ考えた。なかなかいいアイディアが出ずに悩む日が続いたが、あるとき、パッと思いついたのがアカペラのコーラスだった。男性4部のコーラスで、ダーク・ダックスやデューク・エイセスのようなものではなく、もっとおしゃれな構成のものだ。
 「やはり、ジャズ・コーラスでしょう」ということで、なんでも理屈から入る私は、さっそくジャズ・コーラスの本を数冊買い込み、コンピューターソフトで和音をチェックしながら4声のパートを考えていった。誕生日ということなので、思いっきりベタな選曲で「Happy Birthday」。これを思いっきりおしゃれにするというのがこのときのテーマだった。
 さすがに経験したことのない世界だったので、なかなか進まない。ジャズ・コーラスグループの演奏も片っ端から聴いていった。もともとよく聴いていたManhattan Transfer(男声2、女声2)や、男性ジャズ・コーラスの新しいスタイルを完成させたというFour Freshmenなどは、アレンジをする上でとても参考になった。

 そんな中、繰り返し聴いたのがこのアルバム。女声が入っているので、直接自分たちのアレンジに取り入れたわけではないが、メロディラインに対する内声の動かし方などは本当に勉強になった。マンハッタン・トランスファーはインストもののオリジナル演奏を、ヴォーカルでフレーズ完コピという独自のスタイルを築いていた。フォー・フレッシュメンはとても端正な和音の積み上げで、もはやジャズ・コーラスのニュー・スタンダードといってもよいほど完成されたものであった。一方、シンガーズ・アンリミテッドは一曲の中でもリズムやコーラス編成の変化が豊かで、飽きさせない。ビートルズナンバーを筆頭に選曲もおしゃれで、複雑な和音を安定して聴かせてくれる本作は、アカペラコーラスを聴く際の導入部としても最適だろう。

 話を元に戻そう。
 何とかコーラス・アレンジを終えると、同じ研究室で音楽経験のある3人の先輩に声をかけ、それぞれ個人練習をしてもらった上で、仕事が終わった後の全体練習を重ねること数週間。何とか形になり、本番当日を迎えた。4人が皆、ブラックスーツに蝶ネクタイといういでたちでコーラスをお披露目し、暖かい拍手をいただくことができた。
 その後も、定年退職パーティーといえば、アカペラコーラスというのが続き、数回の出番があった。私は会社を離れ、コーラスに参加した先輩諸氏もそれぞれ偉くなって所属が変わってしまった今、あのアレンジで、あの歌を歌う人はいないのだろう。